私と貴方の共同幻想

アイドルがアイドルしてくれる世界

「切なさ、ひきかえに」の歌詞についての一考察

あなたは、誰かを好きになったことがありますか?

愛しくて、でも叶わなくて、苦しくて、それでも好きであることを止められなかった、そんな経験がありますか?
そんな想いを抱えたことがあるなら、あなたは、この歌の主人公に深く共感できると思います。

「切なさ、ひきかえに」

作詞家・薮宏太の最高傑作であるこの歌詞を、より深く味わうべく、個人的な一考察を書き綴りました。
その凄さ、巧みさが少しでも伝われば幸いです。
所々、解釈っていうよりはポエミーな応答みたいになっちゃってます。すみません。好きすぎて。

※以下は全て個人的な解釈で、これが正解、というものではありません。歌詞は読んだ人それぞれに解釈があるものだと思います。

~基本的には順を追ってみていきます~



01. 「ヒカリ」とは?-光の性質-【1番Aメロ】


「You're my light」とサビで繰り返されるように、この詞において作者は、想い焦がれる相手を「light=ヒカリ」に例えている。
では、この歌詞において「ヒカリ」はどのような性質を持つものなのか、1番Aメロから解釈していく。

「ピンからキリヘとほら惑わす」「うねりくねり誘う」

→姿や形を様々に変える光。一定に光り続けるタイプではない。

「艶やかな」

→艶やか:女性の色気のある様(さま)。
無機質でない、色味や温度のあるイメージ。

「近づけば おぼろげに揺れる」

→不動ではなく、動きがある。また、こちらの動きに対して反応する。

以上のことから、スイッチを入れればパッと付くような、スポットライトのように一定に放たれる動きのない光、というよりも、ろうそくの灯のように、温度があり、揺らぎのある、形を変えていく光の方がよりイメージに近いと考えられる。

ろうそくの火のような光であると仮定して以下の歌詞を読むと、

「チラリと覗く色濃い影があなた引き立てる」

→揺れ動く炎のすぐ外側にできる影の暗さ。闇の中で灯る光の存在感。
を感じ取ることができる。

(笑顔の裏に落ちる少しの陰りから、その人の人間味に惹かれる、という事ってないですか?そんなイメージかな、と勝手に解釈。)


02. 光の性質をもとに読み取る「あなた」との距離感【1番Bメロ】

1番Bメロでは、上述したような光の性質を持つ「あなた」と私との距離感についてが描かれる。

「となりにいればいるほど霞み遠く 胸をざわめかせる」

→光は物理的な形状を持たないため、触れることができない(触れたと感じることがない)。
触れようと近づいても、触れられない、近づいたと感じることができず、余計遠く感じてしまう。
物理的距離と精神的距離の不一致(物理的には隣に居るのに精神的には遠い)。
距離感の掴めなさからくる不安感や焦りなどを感じさせる一文。

ここで改めて、(歌詞からではなく)一般的には光がどのような性質を持つか、列挙しておく。

【光(炎、ともしびも含む)の性質】

  • 触れられない、つかめない、実体がないが存在する
  • 見ることしかかなわないが、こちらの動きに対して揺れ動く一面もある
  • 無機質でない、温度がある
  • 揺れ動く。揺らぎに心地よさがある
  • 予測できない、不規則な動き。ひと時も同じ姿を保たない
  • 見る人や、方向によって形が異なる

以上の事が歌詞中の「光=あなた」を解釈する上で役に立つかもしれないので、頭において解釈を進める。


03. 主題:「切なさ、ひきかえに」の解釈【1番サビ】

「一つ一つ魅せる形に 恋焦がれるの」

→揺らいで形を変えるその一瞬一瞬の様子に魅入られている。

次のフレーズが、タイトルにもなっており解釈のしどころと思われる。

「切なさ、ひきかえに手を伸ばし掴むの」

→この歌詞全体の特徴として、主語や目的語などが省略されがちで、こちら側の想像の余地を残している点が挙げられるが、このフレーズがその最もたるものであると思われる。
(ちなみに「切なさ、ひきかえに」と検索すると、サジェストで「意味」と出てくる。歌詞を難解だと思う人も多いのかもしれない?)

このフレーズの個人的解釈は以下の通り。

相手のことを思わなければ、切なくなることもない。
けれど、切なさを感じることすらも引き受けて、あなたを想うことを選んでしまう。
手を伸ばしても(光なので)掴めないことがわかっている、手を伸ばしてしまえば、本当につかめない、叶わないことがわかってしまう。

「きりがない憧れだとしても 誰かが笑っていても」

思っても思ってもきりがない。その果てがない。叶わないとわかっているのに、と人は笑うかもしれない。光を手でつかもうとするなんて、と。

想うことの代償としての切なさ(狂おしさ、愛おしさ、かなしさ)が、この歌の主題であると個人的には思う。
よって、「切なさ、ひきかえに」の色々な省略をあえて補うとするなら、

(自ら)切なさ(を)、ひきかえに(引き受けて、あなたのことを想う)」。


04. すべての感情はあなたから【2番Aメロ~Bメロ】

「愛しいくるおしい(※1A)」「悲しいくるおしい」
「壊れるほどに」「壊れそうなほどに」(※1,2A共通)

→この歌詞の主人公が相手に恋焦がれる気持ちは、決して穏やかではない。
愛しさについてくるのは、悲しさであり、どうにもならない狂おしさ、壊れそうな程の激情である。

「ぽつり落ちてく涙を照らし心晴れてく」

→この一文にも主語がないが、「照らす」の主語はおそらく光であると推測すると、
狂おしいほどにあなたを想って流した涙を、あなたが照らし乾かしていく。
この主人公にとって、泣くも笑うも、すべての感情は「あなた」によってもたらされている。

「耳を澄まし目を凝らし記憶してく あなたいるこの時」

→あなたといるすべての瞬間を見逃したくない、聴き逃したくない。たとえ苦しくて涙したとしても。



05. 確かめる愛、高まる愛:解釈の難所【2サビ前半】

2サビは主語などの省略によって解釈が難しい箇所となっている(ので、本当に個人的な解釈になります)

「一人一人見える形に 愛求めるの」

→この文だけで解釈すると、「人はそれぞれ、目に見える形の愛情の見返りを欲しがる」となってしまいそうだが、歌詞全体から見るとその解釈だと浮いてしまう気がする(なぜなら、次項でも後述するが、この歌詞の主人公は常に相手からの見返りを求めていないように思えるからだ)。
そこで、勝手ながら、「人が自ら抱く愛情の投影」についての一節、と解釈してみる。つまり、

人は、対象が見せてくれる様々な姿かたちの中に自らの愛情を再確認する。
そこで、

「思い高まれば まぶしく強くなる」

→その姿を見て愛情や思慕の高まりを感じると、更に対象の放つ光が強くなったように感じる(眩しく見える)。

(相手の見せてくれるいろんな姿を見て、あ、好きだ…って思うことってありますよね。そんな時相手がよりキラキラして見える。そんな風に、好きだなって何度でも思いたくてずっとその移り変わっていく姿を見ている。そんなイメージの解釈です)



06. 応答を求めない愛と、その切実さ【2サビ後半】

「いつの日かあなたを照らせたら 願いを綴りながら」

→歌詞全体において、主人公は相手からのリアクションを求めていない(自分だけを見てほしいとか、想いに報われたいとか)。また、自分から相手への関与についても描かれていない(想いを届けたいとか、触れたいだとか)。
自分から相手へのアプローチとして唯一表現されているのが、この「照らす」という語である。
しかしながら、それはいつとも決まっていない「いつか」の話であり、誰にも見せない密やかな願いとして「綴」られている。
(メイキングで呟いていた仮タイトルに、「ひかり、一人」「一人、ひかり」というものがあった。基本的に、一人で相手を想う曲として、この曲は書かれたのかもしれない。)
こんなにも狂おしいほどあなたを想っているにも関わらず、その愛情を主人公は奥ゆかしく大事に心に秘めている。その愛の在り方の慎ましさをとても好ましく思う。

「明日もまたいつものように」(※1サビ)
「今はまだいつものように」

→1番では「明日」までだったのが、2番では「」。
何となく逆の方がしっくり来るような感覚があり、最初は不思議だった(歌っていて忙しいのも「明日もまた」の方だし)。
しかしながら、「明日まで」から「今だけは」に期限が狭まっていると捉えると、その想いの切実さをより感じることができる。

(仮タイトルとして、stillやyetという単語が挙げられていた。どちらも日本語だと「まだ」だが、stillは「未だにその状態に留まっている」というニュアンス。yetは「まだ~である(これからそれを脱していく)」というニュアンス。いつかは変わっていってしまう関係性、けれども今だけは。という感情をメインに据えていたのかな。どちらも分かる気がする)



07.  世界の色が変わっていく【ブリッジ】

「セピア色 暗い心に色増やしていく」
「強く優しく儚く脆い その眼差しが」

→ここも1文目に主語がない。勝手ながら補うため後の文から引っ張ってくるとすると、主語は「(あなたの)眼差し」である。とすると、

あなたの眼差しによって、セピア色の(色のない)世界に、色が増えていく。
暗闇の中ではすべてがワントーンだが、そこに光が入ると全てに色があったことが見えてくるように。

そして、ここで初めて相手からのアクションとして、対象である「あなた」が私を見てくれている(かもしれない)。
「眼差しが」で文が途切れているため、その視線が実際に主人公を捉えたか定かではない。
けれど、そこがぼかされているために、「目が合うか合わないか、あなたが顔を上げてこっちを見ようとして」いる途中であるかのような、そんなイメージが浮かんでくる。
その幸福感の満ち広がり。
今まで捕えられなかった、ゆらめく、実体のない光であった相手の、目。

強く優しく儚く脆い

「強い」と「脆い」「儚い」は矛盾する形容詞。
他の薮くん作詞にも、「イジワルでやさしい笑顔」というような一見矛盾する形容詞を繋ぐ手法が見られる。
人間の矛盾性が、むしろ魅力として立ち現れてくる、巧みな描写である。

ブリッジの曲展開と歌詞の技法(倒置法、もしくは省略)がマッチしていて、
想いが最大限に高まったところで、「You're my light」からサビに戻っていく。最高です。

(あなたがこちらを見てくれた、そう感じたとき、その瞬間に世界が一瞬で色づいていった。そんな感覚かなと思います)


あとがき

既に5,000字超えてしまったので驚いていますが、この考察において言いたいことはただただ、
こんな素敵な抒情的な歌詞を紡ぐことのできる薮宏太さんは天才だということです。

冒頭で、苦しくなるほど人を好きになったことがあるなら、この歌詞に感情移入できるだろうと書きました。
もちろんリアルな恋愛感情もそうですが、オタクが抱くアイドルへの重すぎる愛についても、この歌詞と重ね合わせてみることができると思います。
実際、この曲を初めて聴いたとき、「なんで薮くんは私のきもちがわかるんだろう…?」と思ったことを覚えています。
「きりがない憧れだとしても誰かが笑っていても」、切なさを憶えながら手を伸ばしてしまう、
そんな重すぎるファンの気持ちを、対象であるアイドルが完璧に理解してくれている。
神が私を理解している。そんな気持ちでした。(やばい)

そんな、ファンの気持ちを「わかっているよ」といつもの微笑みで受け止めながら、常に変わらず安心感を与え続けてくれる薮くんの担当でいられたことが、とても幸せでした。
誕生日のささやかなお祝いとしてこの一考察を送ります。